「五十肩」の痛み  始まりは「桶!」
  
    
      
十肩は軽くていつの間にか治っていました。
     が、「五十肩」はなかなかのものでした。
     今思うと多分「桶!」が引き金になったと思うのです。

     
ールペインティングのお稽古は上級になるにつれて材料も大きくなり
     重い材料(木の塊)を持ってのお稽古でした。あ〜オモ・・あ〜シンド!とヒーヒー
     ため息をつきながらその日は「桶」ともうひとつ大きい材料を担いでお稽古に行き 
     帰ってからは 腕を上げたままで時間も忘れて塗り続けたのが引き金になったと思うのです。       

     
初は 時々ビビッと痛みを感じて どうしたのかな??と
     思っているうちに痛みはどんどんひどくなりました。

     
十肩・五十肩 といえば、一般的に「あ〜腕が上がらないっていうあれでしょ」 
     という感じでしょうが
、そんなものではありませんでした。
     24時間痛みが続くのです。起きているのも大変、寝るのも大変・・・もう右腕をもぎ取って
     しまえたら・・と思うくらいの痛みの連続でした。
     一日のうちせめて2,3時間でもいいから痛みのない時間があったらと思ったものです。

     
院の整形外科に行き、治りたい一心で もらった薬を飲み続けた結果
     痛みは一向に無くならないまま 「肝障害とアレルギー性蕁麻疹」がおこりました。
     整骨院にも行きましたが、少しでも触られると あとが滅茶苦茶痛くなり 
     マッサージなんてとんでもない・・という状態。
     ソ〜〜ッとほんの少し温める程度でしたがこれも痛みが軽減することはなく、
     今思い出そうとしてもどうして毎日を過ごしていたのかわかりません。
     
     
にかく痛みは24時間の連続つづき、三角巾で腕をつり、食事も右手では出来ず
     左手にスプーンを持っての生活が続いたのです。
     鉛筆も持てず 信じてもらえないほどのかすかな刺激にでも痛みの上に痛みが重なり
     それはそれは大変な状態でした。
     薬は飲めず、かといって触れるだけでも痛いから他の治療のしようもなかったのです。      

     
終的には 半年位したころ風邪をひいて高熱を出し 頂いた風邪薬の副作用が
     ひどくて入院することになり、病院で安静にしていたおかげでか 退院したときには 
     なんとかスプーンを右手で持つことが出来るようになっていました。
                       (副作用の後遺症は数年間残りました。)
      
     
はり「安静」が一番なのでしょうか。 
     家では安静にしているようでも病院での「安静」とはどこか違うのかもしれません。
     時期が来ていたのかもしれません。
     よくわかりませんが とにかく入院をきっかけにして徐々に痛みは減る方向に向かいました
     ・・・が、バッグを持っても痛まない様になるまでには5年程かかりました。
      
     
・・・結局どうしたら治るのかはわからないままです。

     
年使ってきた「肩」に対して コキ使ってきた「ムクイとお礼」 ということで「お疲れ休め」 
     をしてもらうしかなかったのではないか・・・とも思えます。
     また、これから先のことを考えて
     「もう若い時のようにはいかないんだよ 気をつけて生きるんだよ」・・という
     「神様」 の温情あふれるお教えかも知れない
ようにも思えます。
                              
     
、痛い思いをしていらっしゃるかた、どうぞお大事に・・・
     参考になるかどうかわかりませんが一つの例として 
     これが 私の「五十肩の記録」です。
               
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  では「 犯人?」 をご紹介  (^.^)
         スタジオ・ミューズの作品です


                        
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